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縫い物のブログのほうによく遊びに来てくださって とても素敵な色使いや上品な雰囲気に私もつい遊びに行ってしまうブログが なのたんさんのブログATELIER BEBE DE TIGRE こだわりのハンドメイドです。 RSSリーダーに登録していて更新はいつかなと楽しみにしています。 そんななのたんさんのブログに行ったら 80年前におじいさまがドイツで買っていらしたはさみの修理の話が書かれていました。 ちょっと感動しました。 80年前といったら戦争よりもまだ昔です。 63年前の今日が東京大空襲。 だから、娘の学校の給食も大根めしにふかし芋…だとか。 今日はそんなことも考えつつ、 戦争をくぐりぬけて残った道具の話を書きたいと思います。 うちにもかなり古い道具があり、 それが私の手元に来ています。 祖父は和菓子屋だったようで、 いろんな道具もあったらしいのですが、 戦争で金属は供出させられて、 生活に必要なお鍋まで出してしまうくらいでしたから、 贅沢な和菓子を作る道具など、ほとんど残らなかったそうです。 そんな中でも大事にしておいたのか、 戦争中手放してしまったものがほとんどだったにもかかわらず、 何とか残っていたものがほんの少しありました。 店のしるしである文様の焼印は娘、つまり私の叔母の所にいきましたが、 銅の焼き型は伯父の家に残っていたそうです。 10年以上前ですが、 伯父の家ではだれもその道具を使う人、 つまり和菓子を作る人はいないということで、 お菓子作り好きで孫でもあるということで私がもらいました。 祖父は私が生まれたときにはすでに亡くなっていたので どんな人だったかも知ることはできませんが、 この銅の焼き型を見てときどき考えたりします。 せっかく油もなじんできれいに焼けるようになっていたであろうこの焼き型も、 何十年も使われずに、その油にほこりやら砂やらついて、 ただ真っ黒になってただの黒い塊のような感じでもらわれてきましたが、 焦げ落としや、塩と酢で少しは復活しました。 また少しずつ油をなじませていかないと上手く焼けません。 とても厚い銅でできています。 昔はコンロだか、かまどだかの上に載せて焼いたそうですが、 うちにはそんな大きなのはないので オーブンに入れて使っていました。 そのオーブンは壊れて同じ30Lのに買い換えたのですが、 奥行きがなくて入らず、 しょうがないので周りのほうは焼けませんが ガスコンロに載せて真ん中だけで焼くことはできますよ。 伯父の話ではどらやきみたいな味のお菓子を焼いていたそうです。 ところで、この祖父に嫁いだ祖母は なんでも器用で、何年も修行して得た和菓子作りの技術を ちょっと教わるだけですぐになくできるようになってしまい、 祖父より上手になってしまうこともあったといいます。 そんな祖母には小さい頃かわいがってもらいました。 この型は梅の花でしょうか? 久しぶりに、遠い昔に思いをはせて この型でなにかお菓子でも焼いてみましょうか…。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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はじめまして。ぷくぷくと申します。 |
ぷくぷく 2008/03/10 17:17 |
こんにちは。はじめまして。ぷくぷくと申します。 |
ぷくぷく 2008/03/10 17:24 |
ひゃー、一度目消えてしまったのでもう一度書いたら二つも流れてしまいました。ごめんなさい。 |
ぷくぷく 2008/03/10 17:26 |
こちらには初めてコメントしますね。 |
なのたん 2008/03/10 21:05 |
ぷくぷくさん♪ |
もったいないかあさん 2008/03/12 09:52 |
なのたんさん♪ |
もったいないかあさん 2008/03/12 09:59 |
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